【お墓参り】偶然が重なって20年ぶり、御先祖様のご供養(先祖供養 前編)

2018/10/08

今回のひとり若草の旅は、お墓参りです。
偶然が重なって、自分の御先祖様へご挨拶をしてきました。

こんなに神社や仏閣を回っているのに、お墓参りを全くしていない事、気にはなっていました。
気にはなっていましたが、遠いし、なかなか・・・。

そんな中で今月、偶然が重なってお参りをすることができました。

 

お墓参りとお彼岸とおはぎ

お墓参りは、日本に限らず世界共通の「故人を供養する」方法です。

一般的にお墓参りは、春・秋の彼岸、お盆、故人の命日、回忌法要などに行くことが多いですが、特に決まった日柄があるものではなく、いつ行ってもよいものだそうです。

ではなんで、お彼岸にお墓参りをするのが一般的かといいますと。

もともと「彼岸」はインドのサンスクリット語からくる言葉で、あちらの世界、涅槃や悟りの世界とされています。

煩悩と迷いの多い「この世」に住む人々が修行を積むことで、悟りの世界である「彼岸」に到達できるという考え方から来ています。

それが転じて、昼と夜の長さが同じくらいになる春分の日と秋分の日を中日(ちゅうにち)とした1週間ずつの期間にお墓参りをして仏様に供養をすると、死後に仏様のお力によって成仏し、極楽浄土に生まれ変わることができるという考え方によって、平安時代から彼岸の時期のお墓参りが行われるようになったんだそうです。

お彼岸の習慣は、こんなにも古くからあったことに驚きます。


※以前、お稲荷さんにお持ちした黄粉のおはぎ

また、このお彼岸に頂くおはぎとぼたもちについて。
おはぎとぼたもちは同じもので、季節によってその呼び名が違う・・・という話は有名ですが。

一般的に「おはぎ」は、萩の季節、つぶあん、小ぶりで長めにまとめられている。
「ぼたもち」は、春の季節、こしあん、大きく丸くまとめられている。

「つぶ」か「こし」かは、小豆の収穫に関係があるようです。

秋のあんこは、収穫されたたてのやわらかい小豆を使って炊くため、皮もそのまま使っていた。
春のあんこは、冬を越した豆を使うため、皮がかたく食感が悪くなるため、こしにしていた。

そう思うと、「おはぎ」の方が定着していることがよく分かります。

また小豆の赤色には、災難が身に降りかからないようにする効果があると信じられていて、古くから邪気を払う食べ物として信仰がありました。

それが先祖の供養と結びつき、御先祖様へおはぎやぼたもちをお供えするのは、御先祖様を守ってもらう意味があるんだそうです。

お墓参りとお彼岸とおはぎに、そんな関係があったんですね。

きっかけは新米コシヒカリ

きっかけは、9月下旬に送って頂いた、この富山の新米です。
去年から突如、叔母が新米を送ってくれるようになりました。

お米の名産地 新潟県の隣りに位置する富山県も、負けず劣らず美味しいお米の産地です。
北陸が産み出す素晴らしいお宝!

富山のコシヒカリは、甘みとねばりの中に、ササニシキを想い出させるさっぱりした味わいが美味しいお米です。

この叔母は 一番仲のいい従妹のお母さんで、実際の血縁はないものの、大人になってからとても仲良くなりました。
そしてその交流の中で、叔母が毎年ピアノコンサート開催していることを知りました。

その話は聞くものの、そのコンサートに誘われたことはありません。
なんでも「親戚は呼ばないの」がポリシーなんだそうです。

従妹へ連絡をしてみると、今年のピアノコンサートは来月10月の開催なんだそうで・・・。
仕事も辞めたことだし、今年は行って観てみよう!と急遽決めた旅となりました。

飛行機に乗りお墓参り

 

というわけで数日後・・・、朝の6時30分に羽田空港へ到着しました。
朝は4時起きのこの日。

というのも、出羽三山の反省を生かして、早めに羽田入りをしました。
保安検査にかかる時間を甘く見てると、痛い目にあいますから・・・。

 

そしたら時間が余るという、よくある話なわけで。
お腹も空いたことだし、朝ごはんをとることにしました。

空弁を買うのは初めてです。

結果・・・高かったのに、そんなでもなくて、見事な惨敗。
これが最初で最後の空弁になりそう・・・。

刻々と変わっていく景色のなかで見つけた光

 

搭乗すると、機体はすぐに東京の上空へ。

 

あいにくの曇り空でしたが、雲を突き抜けた先には輝く青空です。

遠くには、ずっと富士山が見えていました。
雲海に頭ひとつ飛び出ている唯一の存在。

それが過ぎると、雲の切れ間からのぞく眼下には、たぶん日本アルプス。
長く長く連なる尾根、地層の隆起はずっと眺めていられる景色です。

飛行機の真下を覗くように景色や雲を眺めていると、雲に映った光を見つけました。

雲に映る光の輪 ブッロッケン現象

ブロッケン現象です。

これは私が撮影した画像ではなく、ネットで見つけました。
カメラの起動が間に合わず取れなかった光景。

けれど見付けた光は、そう、まさにこれ。

光の輪の中に機体の影がミニチュワの様に映って、なんだかシンボルマークみたいでかわいいです。
「これが世に聞くブロッケン現象か!飛行機から見えるなんて・・・(驚)」

いつか自分の目で見てみたいと思っていたブロッケン現象でしたが、飛行機からも見られることを、この時初めて知りました。

ずっと、山でしか見られない現象だと思っていたのです。

富山ときとき空港からレンタカーで出発

 

50分ほどで、富山空港へ到着です。

正確には「富山ときとき空港」です。
出ました、空港名“愛称シリーズ”!

方言ですね・・・「ときとき」からは、全然浮かんでこない。
調べてみると、富山の方言で「新鮮」「生きがいい」という意味だそうです。

平成25年の富山県置県130周年の記念事業の一環として、また開港50周年を機に、県が愛称を公募されたそうです。
他に最終候補案として「富山らいちょう空港」「とやまアルペン空港」「とやまアルプス空港」などがあったとか。

そんな「ときとき富山」は、少し青空がのぞくまずまずのお天気。

 

レンタカーを借りたら出発です。

余談ですが・・・、
今回たまたまスズキワゴンRのハイブリット車が配車されたのですが、すごく良かったです。
出だしも、加速も申し分なし、乗り心地いいんですね~。

一日乗り回して、最後の給油で支払ったのは160円には驚きました。

ひとりで来るのは初めてのお墓参り

 

お墓(墓地)に到着です。
ここに、ひとりで来るのは初めてです。

今回の富山の旅で、どうしても来たかった場所。
自分のルーツが眠る場所です。

最近、自分の苗字のルーツを知ることができる郵便局のコンテンツ、
ニッポンの名字」もうご存知ですか。

名前の由来や、全国の分布なんかが分かります。
これを見て「なるほどな~」なんて、自分のルーツを想う気持ち。

ここに眠る人々を辿って行くと、その名字の由来の先に辿りつけるのかな、なんて思ったりします。

神社仏閣を巡ってきた成果を出したかったけど・・・

ひとりで墓地に来るのは初めてだったので、事前にお墓の位置を教わりました。
そのぐらい、お墓参りをしていないということです。

父方の本家のお墓です。
お墓の側面を見ると、上にのっている古い墓石は大正時代のもののようです。

早速お線香を上げようとして、はっ!
お墓にはロウソク立てが備え付けられています。

「しまったー!ロウソクいるんだ・・・」

持ってこなかった~!しくじった~!・・・と思ったら、なぜかロウソクがお墓の横に落ちていて。おぉ~!欠けていて、しなってはいましたが、火がちゃんと付きました・・・ヤルネー!

コンビニで買ってきた、冷えたビールとおまんじゅうをお供えをしました。

お花が無くて、ごめんなさい。
朝早すぎて、お花やお供え物を売っているお店が開いていなかったのです。

そして、般若心経を唱えました。

お経を唱えていると、なんていうか、この墓地みなさんの視線が集まるのを感じます。
「うっ!見られてる!!」ゴクリ。

その視線の圧がビシビシを刺さり、肝心の般若心経は、つっかえるつっかえる。
おじいちゃん、おばあちゃん、いいとこ見せられなくてゴメン。

父の人生を想うのは、叔父のお墓だから

続いては、その後ろにある叔父のお墓へ。

ここでも「ロウソクないんだよな・・・」とお墓の横を見ると、またロウソクが落ちています。

・・・これは、ロウソクを1一本お墓に置いておくのが風習?
そういうものなのか、偶然なのか、頭の中はハテナがいっぱいです。

そんな御先祖様の手助けを頂きながら、お線香とお供え物を上げました。

「おじちゃんはキリンビールだったよね?冷えてますよ」

父は4人兄弟の二男で、父だけが高校を卒業して上京しています。
下の兄妹達が、学校へ進学できるようにと。

そのまま富山へ残っていたら、いずれこんな風に、この墓地へ眠ることになったでしょう。
でも父はそうせず、戻ることも考えず、父のお墓は故郷にはありません。

こうして人は旅をしながら人生を生きて、由来とは別の場所で多く生きるのかもしれません。
長い旅の終着点を、その墓石に想います。

賑やかだったお盆の「御招霊」

子どもの頃、お盆に父の実家へ帰省するのが大好きでした。
お盆初日の夜には、親族が集まって大宴会をするのです。

そして御馳走を食べた後、そこへ集まった全員でお墓参りをするのが習わしです。
この「おしょうらい棒」を持って。

お墓に着いてお線香を上げ、全員で手を合わせた後、おしょうらい棒が始まります。

太い方の先端に火を付けて「おしょらい、おしょらい」と棒を回しながら、ひとりづつお墓の周りを一周します。これを年齢の小さい子どもから、順番に行っていきます。

最初はゆっくり燃えますが、振り回すことで炎は強くなり、大人が回す頃には持ち手に火が近づいてきます。

そのため途中から、この「おしょらい、おしょらい」が早回しになっていき、その焦る様子がおかしくて、真っ暗な墓地でひとつの炎を囲んでみんなで大笑いです。

大人になるまでこれを「おしょらい」だと思っていました。

正しくは「おしょうらい」で、漢字にすると「御招霊」その意味が良く分かります。
迎え火だったのです。

そんなお盆の記憶が、色濃く残る場所。

95歳まで大往生されたおばあちゃんが亡くなったことで、もうそんな風にお盆に集まることは自然となくなり、私のお墓参りの機会もなくなっていったのですが。

それでも、この地のお墓参りの濃度の濃さを羨ましく感じながら、お供え物を片付け、挨拶をして引き揚げました。

東京のお墓参り 人数だけは賑やかに

2018/10/21

一方、別の日に行った母方のお墓参りです。
こちらもお墓参りも、私とっても20年ぶりです。

母の妹である叔母が、40年ぶりの同窓会で上京するついでに、お墓参りをしたいというのでお伴することになりました。というか、運転手です。

母は「あそこは高尾霊園よ!」と言い張っていましたが、正確には「八王子霊園」・・・、そこからかい。

芝生の緑に整然と墓石が並び、きちんと管理された霊園は公園のようです。

早速お墓のお掃除です。

自由に使えるよう霊園に設置されているバケツと柄杓を使って、持参した雑巾で墓石の汚れを流します。

ハイ、足腰どこかしら痛い方々に代わって、当たり前ですが私が。
そのためにパンツとスニーカーできました。

父が朝畑から摘んできてくれたお花を添えて、寶登山神社で頂いたろうばい香を上げました。
ここではロウソクは無用なんです。

お供えに栗の和菓子と豆大福と、叔母が私にくれた兵庫土産のおまんじゅうを。

そうして順に、お墓に向かって手を合わせました。

気ままな話から知るもうひとつのルーツ

自分の両親のお墓参りなのに、何ひとつ持って来ない超~手ぶらな三姉妹。
顔もそっくり、エバリ具合もそっくり。

で、気になっていた宗派を聞いてみました。

母は「浄土真宗・・・だったと思うよ?」
妹1「うん、浄土真宗かもしれないね?知らんけど」
妹2「知らん」

御先祖様を想う気持ちが、薄いわけではないのです。
その証拠に、母は春と秋に必ずお墓参りに来ているのです。

でもこのボンヤリで薄い感じ、とっても不思議です。

地方の方が先祖供養の濃度が高いのか、東京の人だからこんな感じなのか、それともこの姉妹特有のものなのか。

「誰に聞けばハッキリ分かる?」の問いに返ってきたのは、
「さぁ~?」・・・そうだね、もう尋ねる相手はいないんだよね。

私が産まれる前に亡くなっていたおじいちゃんは、石川県の人だったようです。
初めてそんな話を聞きました。

上京した東京でおばあちゃんと出会い、母が産まれた。

あれ?どっかで聞いた話とそっくり。
おじいちゃんも旅をしながら人生を生きて、故郷とは別の場所に眠っているんだね。

この話もっと詳しく聞きたかったのに~、お婆が三人も揃うと勝手気まま!
質問にはのらりくらりのくせに、自分の記憶に自信があるとこだけ雄弁なんだわ。
(しかも長いし、繰り返す!)

・・・もういい。

お墓参りは、大切な場所が大事にされること

レジャーシート広げたり片付けたり、お菓子やお茶を配って、ゴミを片付けたり、そんな事をしていて、撮った写真の数と私の熱量が若干少ないのですが。

どちらも大事に想う気持ちは、変わらないです。

お墓についての風習が、こんなにも違うものかとおもしろく感じ、どちらにもその良さがあり、大切な場所が大事にされていることに安堵します。

お墓参り。

それは祖父母から両親へ、そして私へと繋がっていくもので、私もその風習と習慣の一部を担っているんだと感じました。

次回のお墓参りには絶対、おはぎをお供えしようと思っています。



もう、どちらのお墓も
ひとりでお参りできます!

両親も高齢になってきて
自然な形で知りたかった
お墓の色々なこと

それを知ることができて
ちょっとホッとしています



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