【靖國神社】平成最後の夏、英霊方へ伝える今の平和な日本への感謝と成仏への願い・・・生きてる私にできること

2018/09/10
ひとり若草の旅である今回は、東京千代田区九段にある靖國神社へ行ってきました。

終戦を想う夏、伺わないといけないな・・・と感じる場所です。

8月には伺えず9月になりましたが、今年もお参りをさせて頂きました。

靖國神社

靖國神社は、明治2年 明治天皇の命によって建てられたました。
国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。

靖國神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争(太平洋戦争)などの対外事変や戦争に際して、国家防衛のために亡くなられた方々の神霊が祀られており、その数は246万6千余柱に及びます。

祀られているのは軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者や、シベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、大東亜戦争終結時に、いわゆる戦争犯罪人として処刑された方々などの神霊も祀られています。

九段下から向かう参道の風景

 

今年は九段駅から伺ったので、大鳥居からお参りすることにしました。
逆光で暗く写っている大鳥居です。

去年は市ヶ谷駅から靖國神社へ向かい、「なんだか違う感」がありました。

 

大村益次郎さんとは、近代日本陸軍の創設者で、靖國神社の創建に尽力した方です。
明治26年(1893)日本最初の西洋式銅像として建てられました。

山口県出身の方なんですね。

 

駐車場の手前に当たるスペースには、テーブルとベンチが置いてあって休憩する方々もいました。

反対側は工事中で、外苑北側参拝者休憩所の建替えを行っていました。

靖國問題を知らないという負い目

靖國神社の参拝内容をブログに載せることは、気が重いものがあります。

読んだ人が持っている思想によって、映るものが変わるものだからです。

平成が終わる現代に、その象徴のような存在となっているセンシティブさが気を重くさせ、辛くなるのでした。

 

去年は識子さんの本を読んで、お国のために尽くしてくださった貴い英霊方を慰霊し、もしもそまま靖國神社に留まっているのなら成仏して欲しいと願いました。

いわゆる「靖國問題」については、触れなかったのです。

内容を把握して、理解するのは難しそうだし、時間もかかりそう・・・。
なにより戦時に触れることは辛く、悲しいことでもあります。

よく分からないし、これだけマスコミや中国や韓国が騒いでいるのだから「靖國問題」には関わらないでおこう、そう思っていました。

そうこの「よく分からないから」
日本人なのに「分かっていない」、そういう負い目もありました。

平成最後の終戦記念日に思うこと

終戦記念日の8月15日の「全国戦没者追悼式」をオンタイムでテレビで観ていました。

天皇皇后両陛下との最後の黙祷を一緒にしました。
平成最後の終戦記念日は、戦後73年です。

今上天皇は先の大戦の戦地へ赴き、亡くなられた方々を追悼し、国のために力を尽くされたことを顕彰し、御霊が安らかになるよう慰霊してこられました。

明治、大正、昭和、平成・・・、平成の世だけが戦争がなかったのです。

テレビに映る、そんな天皇陛下の背中を眺めながら、今年ことは「靖國問題」を知ってみようと思いました。

靖國神社参拝

拝殿での祈りは、去年と変わらずお国のために尽くしてくださった貴い英霊への慰霊と、靖國神社に留まっている魂へ成仏して欲しい願いました。

戦後の私たち日本人が靖國神社を「靖國問題」と呼ばれるまでの存在にしてしまい、それが多くの日本人の参拝の妨げになってしまっていることを、申し訳なく思うのでした。

誇り高く純粋に、国を守るために尽くされた英霊方がお祀りされている神社なのに。

パール判事の顕彰碑

こうなってしまったのは、やはり大東亜戦争で「負けてしまった」ことなんだろうと感じます。戦後勝利国が計画的に狡猾に、そして綿密に敗戦国を壊していったことを知ります。

戦争に負けたから、東京裁判で不条理に一方的に裁かれ、ABC戦犯という一方的な呼び名が付けられてしまったこと。

「A級戦犯」と聞くと、戦争において大罪を犯したかに思えるけれど、ただの振り分けのタグに過ぎず、日本の国内においては犯罪者ではないこと。

国が国を裁く裁判に、公平という言葉が見つからないこと。

戦争の一番の恐ろしさだと感じます。

靖國神社に「パール判事の顕彰碑」がある意味を想うのでした。

遊就館2階への拝観

 

今年は、遊就館の2階も拝観しました。

戦時の記録が悲しく辛いことに、避けてきた場所です。

先の大戦に関連する展示が多いのですが、それ以外でも日本の歴史に関する展示物もたくさんあって興味深かったです。

意外にも観光の一環として見学されていることが多いことにも驚きました。

靖國神社というと「スーツを着た男性の参拝」というイメージが、なんとなくあったものですから。

靖國神社の創祀について

遊就館の展示にありました。
これが「靖國神社」がある意味なんだと感じるものです。

「靖國神社の創祀について」

戊辰戦争の際「當村守護神トシテ」と記された戦死者の埋葬にかんする文書がある。
この文書は、当時戦死者が地域公共の「守護神」として尊崇されたことを明かしている。

公に殉じた死者を幕末の志士 藤田東湖は、その長大な「正気の歌」で「英霊」と謳った。

偉勲ある英霊を神に祭り、社を建てて祭祀を行う、
戦死者の霊を「国家の守護神」「護国の英霊」として社に祀るのは、古今を貫く日本人の信仰によっている。

ペリーから、楠木正成 湊川神社、戊辰戦争より戦没者名簿を作成し東京招魂社(靖國神社)へお祀りした。

国家の宗祀として、また日本の祖先崇拝の信仰に基ずく、慰霊顕彰の祭祀制度が確立する。

※展示されたものには、この後も年表が続きます

神社巡りを通して感じること

日本には古来より、荒ぶる御霊をお祀りし鎮め、手を合わせてきた信仰があります。

お祀りされた御霊はやがて穏やかになり、時を超え手を合わせ続けてくれた人々に感謝し、神様となって、その子孫である現代の私たちをお守りしてくれているのです。

神社を巡っていると、そういったご由緒や由来を自然と知ることになるのです。

この日本に昔から伝わりあること。

宗教や信仰に政治や力が加わるのも、日本に昔からあること。

悪く言えば信仰を宗教を「利用する」となりますが、その時代の力に守られずとして現代にそれが残ることはありません。

それも神社を巡る中で、強く感じるところでもあります。

「靖國問題」を通して感じること

戦後という73年の時間の中で「靖國問題」が作られてしまったことが、悲しいことだと感じます。

一番の驚きは、中国や韓国の対日感情のについての発端が、日本の新聞社で、それが外交カードに利用されていたことでした。発端が「自国の新聞社」という衝撃。

「靖國で会おう」
戦地に発つ友と交すこの約束が、どれだけ誇りであり、心の支えだったのだろう。

「靖國に会いに来てください」
残していく家族へのこの約束が、どれだけ救いとなったことだろう。

残された遺族にとって、父が、旦那が、息子が、家族が、靖國神社へ祀られることでどれだけ癒され、慰められたことだろう。

靖國神社はそういう大切な場所だったことが、一番大事なことだと思うのです。

日本の宗教も信仰も、日本独自のもので昔から大事にされてきたもので、どんな時代になろうとも侵されるものではないと思う。他国の者であろうと、日本人であろうとも。

戦争がなかった唯一の「平成」

法があってこそ、裁判で裁くことができる。
当たり前のことで、根本的なこと。

想像してみよう。

例えばもし、家族が殺されてしまったとしたら、自分ならどうするのだろう。
すぐにでも犯人に報復したい、そう思うと思う。

でも日本には法律があるから、自分で報復しなくとも、法が犯人を裁いてくれる。
された事に等しくならなかったとしても、裁かれる。

じゃ、対国としたらどうなんだろう。

他国に殺戮された場合、誰が裁いてくれるのだろうか。

裁いてくれる「誰か」なんて存在しないし、効力のある国際法なんて存在しない。

国際法では、防衛戦争が認められている。
そもそも「戦争ありき」で考えられているということ。

例えば、一方的に他国に攻められ、愛する家族を殺されたり失った時、
本当に「戦争なんてしません」と言えるのかな、私。そんな風に思えるのだろうか。

「戦争がない」という時代がどれだけ貴く、少ない時間であるのかを思い知るのです。

次の年号に馳せる想い

遊就館に展示されている手紙には、どれも「お国のために」と思う強い誇りと覚悟があり、聡明で純粋な文章で綴られていました。

その年齢を見ると10代や20代の若者によるものも多く、その成熟さに驚きます。

時代がそうさせてしまった悲哀もありますが、そんな誇りと覚悟を少しだけ羨ましく、それがない自分を顧みてしまいます。

時代は明治、大正、昭和、平成、そして次の年号へと変わっていきます。
今の時代を生きる私にできること。

日本で育まれてきた信仰を大事にして、八百万の神々に手を合わせ平和の世を願い続けたい。

そのひとつに、靖國神社があるということ。

それぞれが生きて行く時代の中で、自分を通して靖國神社を見た時、そこに映るものが様々な想いが形となって現れる、そんな存在なんだと思います。



知れば知るほど、
大きく大切な場所だと、
さらに知ることになる靖國神社

書いては止まりの繰り返しで、
季節も変わり
すっかり秋になってしまいました



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コメント

  1. しげどん より:

    はっしーにとっては、まぁ気持ちがシャキッっとする場所です。
    ご先祖さまもこの柱のなかにいるんだなぁ、そして、ちっぽけだけど自分は
    その方たちのおかげで生を受けて今を生きてるんだなぁ、と思います。
    ありがとう。

    靖国神社には、いろいろ難しいこともあるけど、事実をしっかり知っていれば、日本国民としてなんら恥じることはないんじゃないかな。(私見)